11話「バスケがしたいです」

■ バスケしか、してません

「毎日バスケだよ。とにかくバスケ。それしか見えてなかった」

月は変わり、本格的な冬の到来を感じる、刺すような風が吹く金曜日の夜、いつもの居酒屋で佐藤さんの話を聞く。
バスケットボールの話をする佐藤さんは、嬉しそうな表情が尽きない。

私たちは決まって同じメニューばかりを頼む。
つくね、豚バラ肉をふんだんに使ったカロリーを度外視すする不健康なサラダ、ポテトフライ、刺し身の乗り合わせ、タコのカルパッチョ。
佐藤さんは懲りずにひたすらビールで喉を湿らせ、私はほとんど下戸のようなものなので、ジンジャーエールかカルピス。

佐藤さんの過去の話は、思春期真っ盛りの中学生時代に突入した。
小学生時代は、小学校という籠の中ではごく普通の少年期を過ごしている。
しかし、心の拠り所となる家庭の地盤は、脆く不安定だった。
中学生に進学した佐藤さんは、脆い地盤の上で、もがき我慢することを諦めて、外の世界へとどんどん進んでいく。そのほとんどを、自分の住処を振り返ることなく、進んでいく。

佐藤さんは小学校卒業後、地元の公立中学校に進学した。

「学校までは大体15分くらい。徒歩で30分以上かかる距離にないと自転車通学が許されなかったからさ、徒歩で毎日通ってたよ」規則を守るところ辺りは、真面目な佐藤さんらしい。

「毎日、その通学路をドリブルしながら歩いてたよ」

「そんな人、本当にいるんだ」

「いるいる。地元公立中学指定のエメラルドグリーンの体操着でドリブルしてるやつ、いるよ」
それだけで十分過ぎる程、佐藤さんがどれほどバスケットボールに夢中になったのか納得できたが、まだまだ彼のバスケ熱は止まらない。

「あとは、放課後の部活が終わってからも、近所の公園にバスケットリンクがあったんで練習してたよ。たまにその当時の部活のキャプテンが一緒に練習してくれてさ」ここまで聞くと、バスケット以外の他の側面を掘り出したくなる。

「他には何かある?学外行事とか」私が言う。

「いやー。無いと思うよ。あぁ、中学1年生の時、学級委員長やったわ」

「おぉー、凄いね自分で立候補したの」ようやく違う一面が見れそうだと、私は少し頬を緩める。

「うん。バスケがしたかったから」

「ん?」私の緩めた頬が元に戻り、真顔になる。

「いや、誰も立候補しなかったんだよ。そういう時、決まるまでHR(ホームルーム)って終わらないじゃん。で、部活の時間が無くなるから、早くバスケットがしたくて、立候補した」

どうやら、本当に驚くほどバスケットが好きだったらしい。

■ 勉強も、恋愛も、基本的にはしません

「勉強は、最初の方はまぁまぁできたよ。特に英語はね」
当時の佐藤さんは、小学生の頃から嫌々通っていたECCジュニアのおかげもあってか、英語の成績が抜きん出て秀でていた。

「なんだ、バスケット以外もしてるじゃん」

「いや、してないって。徐々に成績落ちていったし。まぁ英語だけは上位をキープしてたけど」

「やっぱ英語か。英語を使った仕事をしたいとか、将来像は持ってたの?」きっと今の佐藤さんを形成した種子があるはすだと思い、尋ねてみる。

「具体的には一切ないけど。ただ、ネイティブの先生が来た時には、積極的にコミュニケーション図ったりして、それは純粋に楽しかった。あとは、NBA(National Basketball Association)の試合とか見てたから、とりあえずアメリカに行きたいっていう気持は持ってたかな」

前述の通り、佐藤さんは大学時代にアメリカに合計3年間留学している。この時芽生えた憧憬を持ち続けたのかもしれない。

私は、バスケットばかりを青春に注ぐ佐藤さんだからこそ、聞きたいことがあった。小学校の時は、女子を不可思議な存在として見て、逃げ回っていた佐藤さんの「恋愛」だ。

「じゃあ女の子は?小学生のリベンジ図った?」

「女子バスケ部の先輩には可愛がられたよ。当時身長が140cmぐらいしかなかったから、かわいーねー、とか言われて」

「内心舞い上がってたんだ」

「そうそう、「キター!」と思ってたね」

「下心だよな」

「うん、そうだよ」笑顔で応える。中学生男子なんてそんなものだ。いくら見た目が可愛くても、「男」への階段を踏み始めている。

「ただ、やっぱり人目が気になリ始めたんだよね。その女子先輩と廊下ですれ違った時、何も挨拶されないと、「嫌われたかもしれない」と考えるようになったよ」

小学校は、違いを認識したところで、所構わず自分の意思を貫き通す、ある意味自己同一性が確立されていないからこその、鈍感さがある。
中学校は、多様な人間と価値感のすれ違いを経験する最初の場所なのかもしれない。小学生まで、校舎という外の世界ではひと目を気にせず生きて来た佐藤さんも、人並みに不安を抱く様になる。

バスケットボール以外にも、掘り出し物がありそうだ。


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プロローグ 「不透明な未来」

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