1話 「虚勢は張らない」

「自分が何をやりたいのか、明確にならないまま就職したからなぁ」

相変わらずビールを飲み続ける佐藤さんは、少し視線を外して、何もないだろう斜め上を見つめて呟いた。
確かに、対話相手を直視するには少しばかり勇気がいる、小っ恥ずかしい内容だ。

居酒屋は深夜帯に突入し、さきほどまでの喧しさは無くなり、徐々に落ち着き始めていた。
卓上には、ほとんど食べ終えてしまった皿が並んでいる。客足が途絶えて時間に余裕ができたはずの店員は、進んで皿を回収する様子も見せなかった。
しかし、こういった真面目な話をしている最中に、店員に会話を遮断されるよりかは、僅かに残った枝豆をちびちびとつまむ方が、自然な受け答えができる。

「でも、23、24歳でやりたいこと決めてるのって、難しいと思うけど。それに、色々な可能性潰してるかもよ」

佐藤さんは、やりたいことを、「見つけた」とは明言していない。まだ、当時は「見つけられなかった」という言い方に留めていた。
だから、直接結論を急かすような切り返しは避けた。

「うんうん。そうだね。でもやっぱり、職種じゃなくても、抽象的な夢は持つべきだと思うんだよね、俺は」

「うん」

「そういう意味では、それすら自分の中では、はっきりしてなかった」

「あったけど、覚悟ができてなかったってことは?」

「それはある。いつかはやれるだろう、時間はまだまだあるって、高を括ってた」

「でも一方では焦ってたんだ」

「そう。でも実際は具体的に動いていなかったんだから、焦りよりも覚悟を決められない、逃げたい気持の方が勝っちゃってたんだろうね」
「別に逃げてないと思うけど」

佐藤さんはストイックな人間だ。自分の弱さを認めて、改善しようとする。
だから、佐藤さんにとって覚悟も決めずに就職した自分の行為は、逃避に該当するらしい。

佐藤さんの血液型はA型。
血液型で人格を語る風潮は、一時期こそ盛り上がったが、今や血型性格分類で大真面目に人を判断すると少しばかり白い目で見られたりもする。
でも、佐藤さんの血液型はA型だ。徹底してロジックに従った計画を遂行する。

例えば、女性を落とす行為。
本能的に女性をおだてる才に秀でたナチュラルなイケメンもいるが、佐藤さんはそうではない。
女性との接し方が、もともと上手ではない。しかし、そこで諦めるのではなく、改善しようと努力する。
そして、その努力の仕方が、恐ろしく計算高い。

洒落の聞いたお世辞をネットや書籍から収集する。それをパソコンで打ち込み、印刷。印刷した紙はノートに挟み込み、空き時間に記憶する。そして女性と触れる機会の多い場所に出向き、実践してその反応を見ながら検証する。
予習と復習を忠実に行う。

通勤途中という隙間時間に、電車に揺られながら黙々と手帳と格闘する佐藤さんは、試験本番前に単語帳を開く学生と重なる。
その姿を見ると、きっと、学生の時も同じようにしてきたのだろうと感じる。

女性への接し方が分からない人は多い。
だからといって、その弱い自分を否定すると、腑抜けた自分と対峙することなるから、大抵の草食系男子は、目を背けて逃げようとする。

しかし佐藤さんの場合は、しっかりと対峙する。
試験会場で向き合う相手は、無機質な紙切れではない。血と神経が張り巡らされた人間に対してどこまで通用するのか分からない。
つまり、格好良くは、ない。

佐藤さんはストイックで、虚勢は張らない。


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2話 「ゆとり世代」

プロローグ 「不透明な未来」

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