プロローグ 「不透明な未来」

ノンフィクション

「お母さんは、俺のこと認識できないんだよね」

大手居酒屋チェーン店。花金の金曜日は、大勢の客の声が飛び交っている。
店員も忙しなく動き回る。着席した直後にオーダーした飲み物を、ようやく運んできたところで、彼は淡々と述べた。
ビールが大好きな彼は、笑顔でジョッキを手に取ると、ぐいぐいと呷り飲んでいく。

「あー!やっぱ上手いなー。これこれ!」

さながら、子供を愛でるような視線をビールに注いだあと、顔を上げて言葉を続けてくれた。

「くも膜下出血はさ、遺伝性があるから、俺も可能性としてはあるんだよ。まぁ、さすがにそんなすぐにはないだろうけど」

笑顔の彼の口から発せられる言葉は、聞き手として返す言葉を選ばせるようなものばかりだ。

すだれで仕切られた背後の机では、会社の帰りだろうか、人目を意に介さずに馬鹿でかい声で、男性が女性に陽気に話しかけていた。
同じ空間にいるのに、可笑しいほど会話に温度差があるなと感じる。いや、実際に何を話しているのか聞いたわけではないが。

私の前に座って、次のビールを早々に頼もうと、背後の呼び出しスイッチを押そうとしている彼は、佐藤大吾(仮名)。
2014年4月、佐藤さんの母親が、くも膜下出血になった。
くも膜下出血は、脳卒中に分類される。他の脳卒中として分類されるのは、脳内出血、脳梗塞だ。
その中でも、くも膜下出血の生存率は飛び抜けて低く、予後も後遺症が残る可能性が非常に高い病気である。元プロ野球選手のコーチを突然死に追いやった病気として記憶に新しい人も多いのではないだろうか。

「まぁでも、色々と考えられるようになったけどね。将来のことや家族のことを、真面目に考えるようになった」

母親の病気で佐藤さんの生活は一変した。

私が、「でも代償がちょっと大きくない?」と冗談混じりに言うと、佐藤さんは、少しの苛立ちも照れ臭さも見せずに、真面目に答える。

「いや、やるべきことと、やりたいことが見つかったから、後は行動するだけだよ。夢ができたからね」

変わったのは生活だけではない。佐藤さんには、新しい「夢」への構想が、着々と描かれている。

母親のくも膜下出血という悲劇は、予期せぬ事態であり、佐藤さんの思い描いていた未来は、その瞬間に姿を消した。
しかし、皮肉にも家族の不幸があったことで、佐藤さんは自分の人生を振り返り、将来を見据え、夢を見つけた。

ここでは、現代社会における「家族」の意義と、何をしたいのか分からない若者世代が「夢」を切り開く様を、恐縮ながら少しずつ綴らせて貰おうかと思う。

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