13話「無得点キャプテン」

数なし、人徳あり

佐藤さんは、バスケットボールは空間のスポーツだと表現する。どういう風の吹き回しか分からないが、自分が暴力を受けていた兄から観ることを勧められた、マイケル・ジョーダンのドキュメンタリー番組を観た瞬間から、佐藤さんのバスケット人生は始まる。

今でも、マイケルが颯爽とコートを走り抜ける姿が焼き付いている。敵陣に入り込むや、敵選手の守備をもろともしない強靭な肉体や、他の選手の隙間を縫うように俊敏にゴール下まで辿り着くスピード、まるで時が止まったかのような跳躍から放たれる、大胆なダンクシュート。

「ダンクシュートなんて、夢のまた夢だけどね。そもそも中学生のとき小さかったし」

「でも、キャプテンだから、下手糞といっても、相応の実力はあったんでしょ」

「いや、全然。レギュラーになったのも自分たちの代からだったし、しかもその一年間で得点決めたことないからね」

「え、無得点?」私の声が少し上ずる。

「うん」諦めや虚しさが、表情に出る佐藤さん。

「じゃあ、無得点キャプテンじゃん」私は少し小馬鹿にするような口調で言う。

「そうだよ。でも後輩には好かれてたから」

「そっか。人徳はあったんだ」

「そうそう。実力はないけど人徳はあった。そもそも、キャプテンも、先輩や後輩の推薦があったからから就いただけだし」

「何でそういう、周囲からの人徳や信頼を獲得できたと思う?」

「真面目だったからじゃないかな。毎朝練習してたし。掃除だって適当にやらなかった。下手糞でも一生懸命だったよ」私は、下手なりに試行錯誤して、努力を積み重ねている佐藤さんの姿を想像し、そのイメージがすんなりと浮かんだ。

「キャプテンになってから、外部のクラブチームの監督をコーチとして来てくれないか、直接打診しに行ったこともあったよ」それを聞いて、純粋な尊敬を抱く一方、そこまでするか、という驚きも抱く。どこか違和感を抱く程の熱心さだと感じたのだ。

「凄いなぁ。普通、一中学生男児がそこまでしないよね」

「上手くなりたかったんだよ、とにかく」そう言う佐藤さんの表情は、当時、ひたすら何者かになりたかった自分を思い出しているように感じる。

「結局、最後までコーチとしてやってくれたしね」自分が勧誘したとあって、誇らしげに語る。

「その人の指導は、本当に辛かったけどね。ただやっぱり、ちゃんとした練習をしている、上手くなっている、という実感を得られたかな」

隠し事

佐藤さんは、自分の存在を周囲に認めさせる世界に身を置くことを、何より求めていたのかもしれない。誰にでも自己顕示欲や承認欲求を渇望する気持はある。心の世代と呼ばれる私達の世代は、その傾向が顕著だ。家庭で放任的な扱いを受けていた佐藤さんには、校舎が何よりの居場所で、人目を気にするようになっても尚、その欲求は続く。それを得るためには、少しばかり苦痛が伴っていても、構わなかったのかもしれない。

その気持は、反骨精神という形で、佐藤さんの行動に連鎖反応を起こす。

「小学生のときからクラブでバスケを続けてきた部活仲間は、まず実力的には既に上なんだよね、後輩も含めて。でも、そういう奴らがコーチの練習に耐えられなくて退部したり、練習に全力で取り組まなかったり、そういうの、許せなかったね」

「自分が下手糞だから?」躊躇なく聞いてみる。

「うん。それもそうだし、努力している姿を見せない限り、レギュラーの座も狙えないと思ってたから」

部活動にも色々なタイプの人間がいるが、佐藤さんのような、ひたむきに、下手糞ながらも努力を続ける人は一定数いる。そして、これは私の経験則からだが、すべからく、そういった人達は周囲に愛される。

「懸命に努力する人徳あるキャプテン。って感じか」私が言う。

「心の中では、いつも「ちくしょー」って思っていたけどね、複雑だよ。部を取り仕切らなければならない一方、自分の選手としてのプレゼンスも見せないといけないし」

「聞いてると、色々と我慢と努力で精神をすり減らしそうなんですけど」中学生とは、そんなに立派ではないはずだ、きっと佐藤さんの中で、積み重なる重圧、自己顕示欲を獲得したい一方、到達しない歯がゆさが、違う形で現れていたのではないだろうか。

「うん。そうなんだよ」佐藤さんは、少し視線を下に向けて、決まりが悪そうな表情をする。

「だって、家族とも、仲悪かったんでしょ」

「うん。全然会話しなかったしね」

「学校でも大変で。よく非行に走ったりしなかったね」

「いや、それがね」言いにくい事実が、明るみに出る。少し置いて、佐藤さんは続ける。

「いや、お前ね、これ凄くいいとこ付いてるよ」インタビュワーとして褒められた気がして、緩みそうな頬を抑え、平然な顔をして続く言葉を待つ。

 

「家の金、ずっとくすねていたんだ」

 

私は、ポカンと口を開けて停止してしまった。

過去の自分を吐露した佐藤さんは、反応を伺うように、真っ直ぐと私を見た。インタビュー三日目にして初めて見る、不安な表情をしていた。


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12話「人の目」

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