10話 「家族への不信感と自我の探求」

深まる不信感

高学年になると、まずは父親である正之さんとの関係が悪化した。家庭行事に不干渉の正之は、佐藤さんからすると空気のような存在となり、低学年や中学年のときに抱いていた純粋な子供としての「甘え」も、無関心を貫く父親への「嫌悪感」へと変わっていった。

高学年になると、兄と姉に虐められることは無くなったが、それでも関係が改善することはなかった。

「お兄ちゃんとの関係は、もうずっと変わらず最悪?」

「基本は最悪」

「基本はというのは?」

「うーん、これ不思議なんだけど、俺のバスケットへの道を拓いてくれたのは、兄貴なんだよね」

 佐藤さんの話をする上で、バスケットボールは避けて通れない。今の佐藤さんは、母親のことや家族のことを全て乗り越えて、NIKEに就職し世界を舞台にマーケッターとして活躍する夢を持っている。

ただ、そこまで辿り着くまでには、もう少し佐藤さんの心の変遷を観察してみなければならない。

兄は、粗暴で無関心。年の離れた兄弟として、佐藤さんの精神衛生上の支柱ではなかった。むしろ、兄という存在が、心を許せる場所としてあるべき「家庭」という空間から佐藤さんを遠ざける一因ですらあった。

そんな兄が、佐藤さんの夢への道を拓いたとは、佐藤さんの発言通り不思議な感覚を抱く。

バスケットへの興味爆発

「小学生4年生のときかな。兄貴が、マイケル・ジョーダンを特集しているドキュメンタリーを録画したビデオを貸してくれたんだよね、何でか全然覚えていないけど。で、今まで友達と野球とかサッカーはやってたけど、バスケはそこまでやってなくて。初めて見たマイケルの動きに圧倒されて。何ていうの、空間のスポーツというか、全く別のスポーツに思えたんだよね」

「魅せられちゃったわけね」

「うん。もうそっからはバスケがしたくてバスケがしたくて」

 「やらなかったの、クラブ入ったり」

 「クラブは、両親が許してくれなかったんだよね」

 「何でよ」

 「学外のクラブってさ、親同士の集まりで休日に顔出したりするじゃん。基本は日曜日しか休みじゃなかったから、そういう交流ができないからって、入らせて貰えなかった」

 「なにそれ。それ言われてどうしたの」

 「やりたいことやらせろ、俺の人生だ。って言った」

 「おぉ凄い小学生だな。そしたら?」

 「アンタはいつも口ばっかり、って。お母さんが」

 佐藤さんにバスケットボールの熱を最初に植え付けたのは、大嫌いだった兄だった。その高まった熱を冷却したのは、両親だった。

 こうして、抑制された佐藤さんのバスケットボールへの衝動は、鰻登りに上昇していく。

 「それで、庭に作っちゃったんだよね、バスケットリンク」

「作っちゃったの」

 「うん。兄貴と一緒にね。作った当時、最初は1on1とかしてたよ一緒に」

 「お兄ちゃんもどっかで気には掛けてたのかね」

 「どうだろ。あとは小学校6年生のとき、どこのチームか忘れたけど、NBAチームのニット帽くれたこともあったなぁ。普段凄く冷たいから、何でそんな優しくしてくれるのか不思議だったけど、そのときは少し距離が縮まった気がしたね」

  兄もまた、家族の中での役割を模索していたのかもしれない。

 「その後のお兄ちゃんとの関係は」

 「んー。お母さんがくも膜下出血になるまで、ほとんどまともな会話してないな」

 「ほとんどって。どんな兄弟だよ」

 「いや、朝起きて、「おはよ」これだけ」

 佐藤さんと兄の間に横たわる深い溝は、バスケットボールという共通項でも埋まることはなかった。しかし、普段は険悪な関係の兄から受ける優しさも相まって、当時の佐藤さんにとってバスケットボールは特別なものとなった。

 「とにかく、そっからはバスケだね。バスケで始まりバスケで終わる。で、たまに英語、たまーに家族」

 中学生以降、佐藤さんはどんどんバスケットボールにのめり込んで行く。そこに家族との関わりは、殆ど無い。衝突をすることもなく、佐藤さん自身が、家族に対して無関心になっていく。

 そして、小学生のときには自由闊達に過ごすことができた外の世界であっても、中学生以降は、周囲の「空気」を読まなければならないことに気付き、自分の「主張」から益々遠ざかっていく。

 だからこそ、自分の存在や主張を発信しようと、もがき苦しみながらも、ひたすら追い続けていく何かが必要だった。

 佐藤さんにとっては、それがバスケットボールだった。


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