12話「人の目」

■ 環境の変化

「外部環境が一気に変化したからか、自分の思うようにならないことが多かったからか、人目を気にし始めるようになったのは、中学の時からだね」 

 今の佐藤さんは、人目を気にすることで、それが優しさや気遣いに繋がる、良い意味での「人目を気にする」ことができている。丁寧に吟味しながら発する言葉、癇癪を持たない安定した心、協調の中でも自我を隠さず発し、それもまた嫌味ではない、自然な形で周りを巻き込む姿勢がある。

だからこそ、人目を気にする、という言葉が佐藤さんの中にあるのは、少し不釣り合いに思う。むしろ、一般的に誰もがもがくであろう、そういった道を、苦労を伴わずに難なく通ってきた余裕すら感じる。

「女の先輩もそうだけどさ、一番はやっぱり、そうだね」

「ん?」佐藤さんの話すトーンが、少し下がった。

「いや、バスケ部でさ、まず男の先輩だよね。一度仲良くなった先輩に、タメ口使ったことあるんだ。そしたら、その後一切口聞いてくれなくてさ」

「初めての上下関係ですな」

「そう。上下関係だね。先輩とか監督との関係を良好にさせることが、バスケ部内での評価に繋がると気付いた。いかに先輩とか監督に好かれるか。人に合わせることが重要性を痛感したかな。自分が試合に出るためにはどういった態度を取るべきなのか考えてた」 

確かに、今の佐藤さんも、自然な立ち振舞の中でも、時たま、自分を押し殺しながら、評価を得るために我慢する様子が垣間見えるときがある。

■ 虐めと人の目

「バスケ部の中ではどういった立ち位置だったの」私が言う。

「真面目にやってたよ。先輩、後輩、監督からの評価も悪くなかったと思う。でも、下手糞だったよ」

「あ、そうなんだ」

「ド下手糞だったな。だからさ、ほら、中学とかってたまに、他の本命のスポーツを学外のクラブとか所属してやってる奴が、お遊び半分で学校のクラブに入部したりする奴いたりするじゃん」私も大きく頷く。地元の中学校で、ゆくゆくは甲子園に出場した同級生が、中学時代に剣道部でNo.1だったことを思い出していた。

「うん、いるね。いたんだ、バスケ部にも」

「いた。学外のサッカークラブに入ってる運動神経抜群の奴がいた。で、そいつやっぱり、バスケもめちゃくちゃ上手いんだよね」あからさまに嫌な顔をする佐藤さん。

「んで、キャプテンはどうしたの」

「いや、キャプテンになる前なんだけどね。そいつスクールカーストでもトップにいるような奴で。そいつと子分みたいな奴らを引き連れて、まぁとにかくクラスの中心だったんだよ。やんちゃも虐めもするし」徐々に話の方向性の輪郭が見えてきて、私はどぎまぎする。

「体育の授業中、走り幅跳びの時間。跳躍する前に、順番待ちしてたそいつに冷やかされて、失敗したんだよ」

「必ずいるよね、冷やかし一号、二号、三号・・・」

「で、俺怒っちゃったんだよね。「お前のせいで上手く飛べなかった」って。そしたら、それ以降、シカトとか下駄箱に画鋲とか」想像通りの展開だ。これがリアルタイムだったら、私は掛ける言葉を探していただろう。

「典型的な虐めですね」

「うん。で、謝っちゃったんだよね、そいつに。俺が悪いって」

「何でよ」

「それこそ自分が我慢して、周囲の空気に合わせることで、自分を守ったのかもしれないな」佐藤さんは、小学生の時、兄と姉から虐めを受けていた。その逃避策として取った手段が、緘黙だった。これ以上の暴力に発展することを無意識に恐れていたからだった。

佐藤さんは、意識的に周囲に合わす癖が既に身に付いていた。それを、無意識にするのと、自分の中に落とし込んで、意識するのとでは、大きな違いがある。小学生までは、校舎の中こそが、佐藤さんの居場所だった。その牙城が、中学生になって一気に崩れる。それも、自分の意識の下で。

「少しずつ、本能だけじゃ対応できなくなってきたね」私は、佐藤さんの人格形成に大きな変化が訪れているのを感じていた。 

「そうそう、人の目を気にしなくちゃいけない、我慢しなくちゃいけない。認識したんだろうなぁ」少し間を置いて佐藤さんはこう続けた。

「だからかもね。だから、バスケしかなかったんだよ」

そう言って、佐藤さんはビールを一気に飲み干す。


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11話「バスケがしたいです」

13話「無得点キャプテン」

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