17話「俺を見ろ」

NBA選手への挫折

佐藤さんはバスケットボールに対する自分の潜在性に期待を抱いて入学した。しかし、圧倒的な実力差を見せ付けられた佐藤さんは、突然はっきりした現実を突きつけられ、あることに気付く。

「NBA選手になれないと気付いたのは、こんくらいの時かな」中学生や、高校生でプロスポーツ選手への道を断念することは、決して珍しくない。佐藤さんも同じように、周囲との実力差を見せつけられて、自己を知り判断したのだろう。しかし、佐藤さんは当時、バスケットに全てを捧げていた。だからこそ、そのショックは大きかったのではないか。

「でも、やるしかないんでしょ、バスケ」

「うん、怖いし、毎日本当にしんどかったけど、やるしかなかった」

「やっぱり、たくさん練習したの」

「そりゃ毎日。誰よりも早く朝練に来て、7時30分くらいに着いて、自己練した後、8時15分から10分は、コートの掃除の時間に当てて。放課後に通常の練習があって、練習後にも先輩にお願いして一緒に練習に付き合って貰って。自宅に帰ってからも練習して」

「うわぁ、努力の塊」どうしてそこまでしたのだろう。いくらバスケットボールしかなくても、辛いのであれば逃避する選択肢だって浮かぶはずだ。それも、毎日放課後の練習に足を運ぶのが億劫になるほどの恐怖がありながらも、朝早くや部活後に個人的な時間を割いて練習に打ち込むなんて、何か別の所に佐藤さんを突き動かすモチベーションがあるはずだ。

「辞めるっていう選択肢はなかったの?」

「無いね」即答する佐藤さん。

「推薦組に負けたくなかったんだよ。俺からすると、あいつらは練習舐めてる。本気出せるところで手を抜いたり、すぐ嫌になって退部したり。俺なんかしがみ付きながらやってんだから、そうじゃない奴らなんかに負けたくなかった」

単純な反骨精神なのだろうか。

反骨精神の正体

「推薦の連中が、練習が厳しくてボイコットして退部したこともあったけど、それも気に食わなかったね。俺は実力的にはあいつらみたいになれないと分かってたけど、追い付くことを諦めたわけじゃなかったから。勝手にいなくなるなよって思ってた。俺には俺のできる仕事があるんだから、絶対上手くなってやると思って続けたかな」

ここまで聞くと、ただの負けず嫌いな印象を受ける。いつからこんな人間になったのだろうか、私の中で、ちょうど手の届かない背中の箇所に、痒みが生じたときのような、煮え切らない気持ちが湧いた。

「監督から色々怒られたり、厳しくされる奴って、実際は優秀な選手なんだよ。俺は監督に相手にすらして貰えなかった。怒られてる分だけ、期待されてるってことなのに、辞めたり手を抜いたり、ふざけんな、ってね」やはり、全くしっくり来ない。私は他の理由があるような気がして、具体的な質問に移った。

「あの、小さい頃からさ、そこまで反骨精神剥き出しの人間じゃなかったように感じるんですけど。中学ぐらいから、突然負けたくないって気持が強くなったのは、何でだと思う?」

「あぁ、それはね」一呼吸置いて続ける。

「グループ精神ってあるじゃん。どこかグループに所属している以上は、その空気に馴染むこと」

「はい」結論を急かすことが憚れるため、言葉少なめに合いの手を入れる。

「中学のときに虐めにあって以来、そういうグループ精神に対して、凄い反発心があったんだよね」

私は、佐藤さんの中学生時代を思い出していた。スクールカーストの頂点にいた虐めの主犯。金魚の糞A、B、C。佐藤さんは、彼らに謝ったことを後悔していた。空気を読むことを学んだ代わりに、それ以降、より一層、意識的に自分の主張を心の奥に押し込むようになった。そんな自分が嫌だったのだ。

「推薦組がほとんどのチームで、口々に「辞める」とか「やってらんないよな」とか俺に言ってくるんだよ。それで、そういう奴らにはなりたく無いっていう気持が芽生えて」

「うん」

「そいつらがグループだとしたら、俺はそのグループには入りたくないっていう抵抗があったね。俺なりの主張だよ」

私は、バラバラになったピースが集まり、徐々に正体を表し始めているのを感じていた。

佐藤さんがバスケットボールを続けていたのは、家族との希薄な関係が生んだ強い承認欲求と、実力というものさしが全てを測る高校において、それがなかなか手に届かない歯がゆさが原動力となっていた。しかし、その原動力の正体はただの反骨精神ではない。結局のところ、小学生のときの経験に帰結する。

佐藤さんがバスケットボールを続けていたのは、小学生のとき、校舎の中では好き放題過ごしていたのと同じように、家族や友人との軋轢に一切苦慮することない「本当の自分の気持ち」を忘れないために続けていたのだ。

バスケットボールを続けるのは、実力でレギュラーを勝ち取るといった、表面的な地位を獲得する居場所というよりも、在るがままの自分を見失わないための居場所だった。それが、いくらトイレに引きこもるほどの恐怖に襲われていても、しがみ付くしかなかったのだ。

佐藤さんは、元を辿れば、兄や姉からの暴力や両親からの放任的な扱いを受けたことから、強い承認欲求を持つようになっている。しかし、そういった気持ちを満たすために、佐藤さんは分かりやすい表現をしてこなかった。誰かに愛情を希求するわけでもなく、ひたすら粛々と耐える選択肢を取り続けた。だからこそ、心底に溜め込んだ我慢の蓄積は、可視化しづらいものだったに違いない。我慢を続ける術だけが向上した。自分でも気付かないほどに。

全てはつながっている。中学生の時に受けた虐めとそれを受け入れたことへの自己嫌悪も、高校の時の推薦組に対するささやかな抵抗も、小学生のときに生じた家族との亀裂が温床となっている。生育環境ほど、人格形成に影響を与えるものは無いのだ。

家族との関係を忘れるため、バスケットに情熱を燃やしていた。

しかし、バスケットをしながらも、佐藤さんの頭の中には、常に家族の存在がチラついていたはずだ。

私は、佐藤さんがバスケットボールを辞めて以降、家のお金を取らなくなったのを思い出していた。


Also published on Medium.

16話「苦しみのバスケットボール」

関連記事

  1. 12話「人の目」

    ■ 環境の変化「外部環境が一気に変化したからか、自分の思うようにならないことが多かったからか、人…

  2. プロローグ 「不透明な未来」

    「お母さんは、俺のこと認識できないんだよね」 大手居酒屋チェーン店。花金の金曜日は、大勢の…

  3. 3話 「無意識に描かない将来」

    食べる、寝る、性を満たす、運動をする、研究する、誰かに認められる、孤独を貫く、豊かな生活が可能な賃金…

  4. 16話「苦しみのバスケットボール」

    強豪高校への入学高校生になった佐藤さんは、一層バスケットボールにのめり込むようになる。他に何かが…

  5. 1話 「虚勢は張らない」

    「自分が何をやりたいのか、明確にならないまま就職したからなぁ」 相変わらずビールを飲み続け…

  6. 9話 「我慢強い母親」

    母は強し「お母さんは、厳しい人だったね。小さいときから」 2014年4月。佐藤さんの母…

  7. 11話「バスケがしたいです」

    ■ バスケしか、してません「毎日バスケだよ。とにかくバスケ。それしか見えてなかった」月は変わ…

  8. 10話 「家族への不信感と自我の探求」

    深まる不信感高学年になると、まずは父親である正之さんとの関係が悪化した。家庭行事に不干渉の正之は…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。